お酒と本とフロンターレがなければ労働と睡眠しか残らない、侘しい中年の暮らしぶりを淡々と綴ります。
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最終予選がはじまった(バーレーン2−3日本)
 なんという後味の悪さだろう。

 中村俊輔のフリーキック、遠藤保仁のPKで2−0とし、試合終盤にはケンゴの得点というオマケまでついた。

 気分よく試合を終わることができると思ったその後に失点。

私にはその直前にINした今野泰幸があまりにも安易に自陣前で相手を自由にしてしまったように見えたが…


 そしてその直後、再び日本のゴール前で今度はたなか選手が相手ボールをヘッドでGK楢崎に渡そうとしたつもりがそのままゴールへ。


 
 2−3
 楽勝のはずの試合に、いきなりの緊迫感。

 もう日本代表に気持ちの余裕はない。

 ロスタイム3分のなんと長かったことだろう。


 とはいえ、最終予選の初戦、アウェーでの勝利をものにできたことは大きい。

 終盤はもうともかくとして、試合全体を眺めれば悪くなかったのではないだろうか。

落ち着いて、冷静で、感情をコントロールできることが大人であることなら、日本代表のほうが大人のチームだった(終盤以外は)。



 初戦にして、強烈な反省と勝ち点3を得ることができた、と考えたい。



 W杯予選、日本代表への関心の低さが言われている。

私自身もかつてのような代表への、W杯出場への熱い気持ちがなくなっているようである。

どうでもいいとは決して思わないが、それよりもフロンターレがリーグ終盤にどのような戦いができるのか、のほうが多く気持ちを占めている。


 しかし、最終予選である。



 もう10年以上も前のことになってしまったが、フランス大会の予選のときは行ける試合にはすべて行った。

というか、当時は東京で行われる代表戦のほとんどを観戦していた。

 その4年前、Jリーグが発足した1993年の「ドーハの悲劇」の記憶が私自身にも、国全体にもまだ生々しく残っていた。

 W杯出場、初出場はほんとうに悲願だった。
 日本代表への思い、期待は、きっといまの何十倍もあった。


 忘れられないのはホームでのUAE戦。

 開始早々に呂比須のゴールで先制するもその後は煮え切らない試合展開が続き後半に同点、引き分けに終わったことにより予選終盤にもかかわらず、その時点で自力での予選突破がなくなった。

 その後、UAEが勝ちきれない試合を続ける一方で、日本代表はアウェーでの韓国戦の鮮やかな勝利で息を吹き返し、「ジョホールバルの歓喜」に至るのだが、しかしあのUAE戦のあとの雰囲気は忘れられない。


 そういえばカズのクルマがサポーターに壊されるという事件もあった。


 国立競技場から駅までの道のり。
 
 足どり重く、重苦しいものが胸の中に溜まったようで、それでも頭の中では勝ち点を計算しながら予選突破の可能性を見出そうとしていた。諦めの気持ちが皆無であったとはいえない。

 駅に向かう人の群れは沈鬱な葬列のようであり、また殺気立っているようでもあった。



 あのときのような熱気や強い思いは私にもこの国にもいまはない。


 しかし、ワールドカップアジア最終予選である。

 ある意味、本大会よりも厳しく、困難な試合が続く。
 
 鮮やかで華麗である必要などなく、ワクワクするようなプレーもいらない。

 とにかく勝つこと、勝ち点を得ることに意味がある。
 
 安易な楽観は許されないが、悲観も何も生み出さないことは10年前に学んだ。
 長い戦いの中ではいいときも悪いときもある。一喜一憂ではなく必要なのはリアリズムだ。


 だからこそ「おもしろい」。


 そんな気持ちがヒリヒリするような4年に1度の戦いがはじまった。

 そして今回の最終予選は中村憲剛という身内が参戦している戦いでもある。
 ケンゴのサッカー人生に深く大きく刻み込まれる戦いである。



 ほんとに後味の悪い試合になったけど(カタールが3−0で勝ったことを知ったあとでは尚更)、

 ケンゴ、ゴールおめでとう、初戦勝利おめでとう。

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